パネルシーケンスと試薬コスト

ヒトゲノムは約30億塩基程度の長さになりますが、実際に解析したい配列の領域はゲノム全体ではない場合があります。現状Illuminaのシーケンサーでは、機器の設定で決まった配列のみを解析することができませんので、シーケンサーに持ち込む前にサンプルの配列を絞っておく必要があります。このように特定の標的のみをシーケンスすることを、パネルシーケンスやパネル検査と呼びます。

なぜパネルシーケンスを行うかに関してですが、データを目的の配列に集中させる、遺伝子検査では二次的所見(偶発的所見)を避けるなど幾つか理由がありますが、一番大きな理由はコストの違いです。 シーケンス試薬はいろいろ改良が進んではおりますが、NGS実験は未だに試薬コストが高い部類に入ります。そのため一度のシーケンスでいかに効率的に実験データを取得するかが重要になります。

一例として下記の表では、IlluminaのTruSight Cancerパネルの例を示しています。このパネルでは、がん素因に関連する94遺伝子と284のSNPをターゲットとしています。こちらをNext SeqのHigh Output Kitという約85万円の試薬でシーケンスをした場合、全ゲノム解析の場合は1サンプル分しかデータを取得できませんが、 TruSight Cancerパネルで同程度のデータを取得する場合、96サンプルを一度のシーケンス試薬で解析することが可能です。 コストを比較すると、全ゲノム解析の場合は1サンプルで約85万円分の試験コストを使い切ってしまうことになりますが、パネルシーケンスの場合は85万円で96サンプル 、1サンプルあたり約9,000円でシーケンスを行うことが可能な計算となります。

ただし実際に実験を行う場合は、シーケンス試薬のコストに加えてライブラリー調製キットやアダプター試薬のコスト、パネルシーケンスの場合はターゲット濃縮試薬のコストが必要になります。下記がIllumina試薬の価格例となります。

こちらの表から、パネルシーケンスを行う場合は全ゲノムと比較して、合計の試薬コストは高くなりますが、1サンプルあたりの試薬コストは抑えられていることが分かります。

ただし実際に全ゲノム解析を複数サンプルで行う場合は、シーケンスコストは高くなりますがスループットの高いシーケンサーを使用し、1サンプルあたりのコストを抑えるように計画します。またパネルシーケンスでスループットの高いシーケンサーを使用すると、必要以上のデータ量を取得してしまい、無駄にシーケンスコストが発生することになります。

パソコンの購入を考えるときのように、用途にあわせたスペックのシーケンサーを選択することで、余計なコストを抑えることが出来ます。(パソコンで動画編集を行う場合は少々高価でもスペックの高いパソコンが必要になりますし、ブラウザをネットサーフィンするだけなら安いパソコンで十分ですよね。)

ちなみに最近のがんゲノム医療では「エキスパートパネル」という言葉が出てきますが、こちらは医師や専門家の会議の名称なので、シーケンス自体の言葉ではありません。