シングルセル解析とNGS(次世代シーケンス)

NGS(次世代シーケンス)や生命科学の分野では最近当たり前のように聞かれるようになった”シングルセル”に関して、当分野の初学者向けに概要を解説します。

シングルセル解析とは、その名の通り生物の細胞を一つずつ解析する技術です。
まず人間の細胞の数は200種類以上、約37兆個(60兆個という話も)と言われています。しかし各生物ごと全ての細胞は同じDNAを持っていますが、その発現*は細胞によって異なります。筋肉に関わる細胞では筋肉に必要な遺伝子が、神経に関わる細胞では神経に必要な遺伝子のみが発現します。

細胞の中でDNAの遺伝配列情報からタンパク質が合成されること

また遺伝子の発現は、同じ組織の中でも異なっています。そのため組織全体から取得(バルク解析)したデータでは、個々の細胞の変化は検出することが出来ません。

特にがん化した組織では、がん細胞を含む組織すべてをバルク解析した場合では観察できない局所的な変化が、がん細胞のみのシングルセル解析により挙動を追うことが出来ます。

シングルセルを解析する試み自体は昔からありましたが、一度に解析できる細胞が1個ずつだったり、結果が不明瞭だったりと、解析はしたいが労力やコストの割に結果が見合わない実験でした。

それが「マイクロ流路」を使用して細胞を1つずつ分類する技術や、「NGS(次世代シーケンス)」を使用した遺伝子配列を解析する技術の向上により、コストが下がりながら、より明瞭な結果が取得出来るようになり、徐々に現実的な実験となっていきました。

実際シングルセルに関する論文は2017年頃より増え始め、Science誌が毎年発表している2018年のBreakthrough of the Yearに、シングルセル解析技術が選ばれています。

Science’s 2018 Breakthrough of the Year: tracking development cell by cell
Nine other advances are recognized as runners-up, and three developments are named Breakdowns of the Year

現在もシングルセル解析は各分野に広まっており、論文等の報告数も年々増え続けています。

またシングルセルを利用した新たな解析方法として、空間解析もよく聞かれるようになりました。

空間解析では、NGS解析に必要なオリゴDNAが準備されたスライドガラスに組織切片を設置することで、位置情報や組織環境を保ったままの結果を取得することが出来ます。相当なデータ量が必要になるため未だ手軽にできる実験とは言えませんが、新たな知見を得ることが出来る点で注目されています。

またシングルセル解析では、ゲノム配列、エピゲノム情報、タンパク質など複数を同時に解析するオミックス解析も広まっており、2019年にはNature MethodsのMethods of the Yearに選ばれています。

Method of the Year 2019: Single-cell multimodal omics - Nature Methods
Multimodal omics measurement offers opportunities for gaining holistic views of cells one by one.

10年前では困難とされていたシングルセル解析も、実験や解析技術の進歩により、新たな生命現象を探索できるようになっています。また空間解析やオミックス解析も広まることで、その研究スピードがより加速することが期待されています。